連載
現場に生きる『匠魂』―広島の社寺建築、その奥深き世界―
社寺建築には、長く受け継がれてきた独自の「作法」があります。『匠魂』Vol.1で、社寺建築への想いや、その奥深さを語った若原所長。(匠魂を継ぐ者たちLINK|『匠魂』を継ぐ者たち Vol.1 ―社寺建築への想い― | ARAKIZM(アラキズム))
現在若原所長が担当しているのは、広島で進む社寺建築の現場です。鉄筋コンクリート造(RC造)という現代の構造に、社寺建築に受け継がれてきた知恵や作法をどう落とし込んでいくのか。屋根の勾配や反り、畳の向き、天井の竿縁(さおぶち)、さらには宗派や暦――。一つひとつの背景を理解し、現場に合わせて判断していくことが求められます。今回は実際の現場を歩きながら、若原所長がこれまで培ってきた知識と経験、そして社寺建築に向き合う技術者としての仕事に迫ります。

広島で進む社寺建築の現場。若原所長にお話を伺いました
編集部(以下、編):若原所長、本日もよろしくお願いします!今回は広島での工事ということで、初めて一緒に仕事をする地元の協力会社さんも多いそうですね。
若原所長(以下、若原):そうですね。最初は文化や仕事の進め方の違いを感じることもありました。うちの現場では、脚立の点検やQRコードを使った安全管理など、細かなルールを設けています。最初は戸惑われることもありましたが、何度も話し合い、「なぜ必要なのか」を伝えることで、今では皆さんが同じ意識を持って取り組んでくださっています。
編: 初めて一緒に仕事をする方にも、ルールだけではなく、その理由まで共有しているんですね。今回の建物はRC造でありながら、伝統的な社寺建築の要素を取り入れています。施工する上では、どのようなところが難しいのでしょうか?

この部材にも、社寺建築ならではの技術が。詳しくは次回ご紹介します
若原:現代の構造基準に合わせた寸法やRC造と、伝統的な社寺建築の納まりをどう融合させるかが、一番のポイントですね。例えば、屋根の「勾配(こうばい)」や「反り」。単に図面通りにつくるだけでは、水がきれいに流れなかったり、社寺建築として美しい屋根のラインが出なかったりするんです。だから図面を何度も描き直して、水の流れと屋根の見え方、その両方がきれいに納まるよう、勾配をミリ単位で調整しました。
編:雨水をきちんと流すという機能と、社寺建築としての美しさ。その両方を成立させる必要があるんですね。
若原:建物の中も同じです。畳の向きや縁高板の張り方、天井の竿縁(さおぶち)の通し方など、一つひとつに社寺建築ならではの「約束事」があります。こうした細部は、社寺建築をよく知る方が見れば、その違いが分かるものです。だからこそ、一つひとつの意味を理解した上で納めることが大切なんです。
編:見た目を「それらしく」仕上げればいいわけではない。その一つひとつに、受け継がれてきた意味や納め方があるんですね。

取材時には、コンクリート打設に向けた準備が進められていました

型枠を支える単管パイプにも地域差が。岡山では角形、広島では丸形が使われているそうです
若原:その通りです。予算や構造上の制約がある中でも、妥協して「それっぽく」見せるだけでは、技術者として納得できません。後から見た方に「荒木組は、社寺建築をきちんと理解してつくっている」と思っていただけるように、見えにくいところまで丁寧に納める。それが、この現場を任されている自分の役割だと思っています。
編:ここまでのお話だけでもかなり奥深いですが、社寺建築には建物そのものだけではなく、工事の進め方にも独自の作法があるそうですね。
若原:そうなんです。例えば地鎮祭や建て方(棟上げ)の日を決めるときも、単純に「カレンダーの大安を選べばいい」というものではありません。お施主様の宗派によっても、大切にされている考え方や作法、建物のつくり方や雰囲気が変わってきます。例えば日蓮宗や浄土真宗、真言宗・天台宗など、それぞれに受け継がれてきた考え方や伝統があります。だから現場に入るときは、まず宗派を確認して、そのお寺が大切にしてきた作法や歴史を理解する。そこから始めることが基本だと思っています。
編:宗派の理解から始まるんですね…! 一般的な建築とはまた違う知識が求められますね。日の選び方についても、独特の考え方があるのでしょうか?
若原: ありますね。普通は「大安だから良い日だ」と思いがちですが、建築では暦をもう少し細かく見ます。例えばカレンダー上では「仏滅」でも、建築の暦で見ると良い日とされることがあります。反対に「大安」でも、建築では避ける日があります。
編:大安でも避ける日があるんですか?
若原:その一つが「三隣亡(さんりんぼう)」です。建築に関する凶日として昔から知られていて、この日に建築を行うと近隣にも災いが及ぶ、と伝えられてきました。以前担当した現場でも、カレンダーでは大安だったのですが、近所のおじいさんから「今日は三隣亡だぞ!向こう3軒に災いが及んだらどうするんだ!」と叱られたことがありました(笑)。
編:3軒隣まで…! そんな言葉があるのですね。工事をする側が気にするだけではなく、地域の方がどう受け止めるかにも関わるんですね。

お寺を訪れる方に向けて、工事の進捗をお知らせしています
若原:そうなんです。自分たちやお施主様だけではなく、地域の方々がどう受け止めるのか。だから、単にカレンダーの日付だけを見るのではなく、暦の意味や昔から大切にされてきた考え方まで理解した上で、現場を動かす必要があります。
編:他にも、施工のタイミングで意識することはありますか?
若原:鉄骨造でも木造でも、一番最後の「棟(むね)」を納める瞬間、つまり建物の最頂部を上げるタイミングですね。ここも奥が深くて、地域によっては海の満潮・干潮を見ながら時間を決めることがあります。
編:ええっ、潮の満ち引きまでですか!? 沿岸部の現場ならではのルールなのでしょうか?
若原:はい。山間部ならそこまで関係ありませんが、県南や沿岸部の現場では、潮見表を確認することがあります。干潮から満潮へ向かって潮が満ちていく時間帯を見て、最後の棟を上げる。昔から大切にされてきた考え方の一つですね。
編:自然の動きに合わせながら、「潮が満ちる=勢いに乗る」というゲン担ぎも込められているんですね。昔からの伝統や知恵が、今の現場にも受け継がれているのがおもしろいですね…!
若原:そうなんです。大切なのは、「なぜこの日にするのか」「なぜこの納め方にするのか」を、お施主様や職人さんに自分の言葉で説明できることだと思っています。ただ建物をつくるだけではなく、背景にある歴史や伝統、地域で大切にされてきた考え方まで理解して施工する。そこが、社寺建築のおもしろさでもあります。
編:『匠魂』Vol.1でも、若原所長はこれまで培ってきた技術や知識を次の世代へ伝えていきたいと話されていました。(LINK)こうした専門的な知識は、若手へどのように引き継いでいるのでしょうか?
若原:正直、こうした知識はマニュアルやインターネット検索だけで身につくものではありません。最近はPCに条件を入力すれば、工程表や計画書もつくれる時代です。でも、基礎知識がないまま、出てきた答えをそのまま鵜呑みにしてしまうと、現場では思わぬすれ違いが起きることがあります。
編:検索して出てきた「正解らしきもの」が、その現場や地域で正しいとは限らないですものね。
若原:そうなんですよ。まず自分で調べて、「これはこの現場でどういう意味を持つのか」と自分の頭で考える。そうやって身につけた知識と経験があるからこそ、お客様から難しいご相談をいただいたときにも、「こういう理由があるので、こうしましょう」と自分の言葉で答えられるんです。
編:与えられた答えをそのままなぞるのではなく、知識の意味を理解した上で、目の前の建物や現場に合わせて自分で考え、最適な方法を探していく。そうした一つひとつの判断が、荒木組の現場を支える「工夫とアイデア」につながっているんですね。
若原:時代が変わって、ツールがどれだけ便利になっても、現場で問われるのは、やっぱり「施工管理としての引き出しの多さ」と「人としての姿勢」です。若い世代にも、この奥深いものづくりのおもしろさと、仕事への誇りをしっかりつないでいきたいです。
屋根の勾配や反りから、室内の納まり、宗派、暦、地域に受け継がれてきた考え方まで。今回の取材で見えてきたのは、社寺建築を「それらしく」つくるのではなく、その背景にある意味まで理解して、一つひとつの判断を積み重ねていく仕事でした。『匠魂』Vol.1で語られた社寺建築への想いは、こうして一つひとつの現場へ。そして、次の世代へと受け継がれていきます。若原所長、本日も深いお話をありがとうございました!